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オトナの読書感想文 【赤ヘル1975】重松清 カープファンじゃなくても楽しめます

こんにちは。Kanemori【かねもり】です。

ソフトバンクホークス日本シリーズを制し、2018年シーズンが終了しましたね。来年こそは我らが阪神タイガースがリーグ優勝&日本一を達成したいものです。今回は重松清作、「赤ヘル1975」の感想です。

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1975年初優勝の広島東洋カープ

舞台は1975年・赤ヘル元年の広島。戦後を生き抜いてきた人たちの子供世代目線で話が進みます。

一九七五年――昭和五十年。広島カープの帽子が紺から赤に変わり、原爆投下から三十年が経った年、一人の少年が東京から引っ越してきた。
やんちゃな野球少年・ヤス、新聞記者志望のユキオ、そして頼りない父親に連れられてきた東京の少年・マナブ。カープは開幕十試合を終えて四勝六敗。まだ誰も奇跡のはじまりに気づいていない頃、子供たちの物語は幕を開ける。

1975年、広島カープ初優勝の年。三年連続最下位だったカープは、開幕十試合を終えて四勝六敗。まだ誰も奇跡のはじまりに気づいていない頃、やんちゃな野球少年のヤスと新聞記者志望のユキオは、東京から引っ越してきた“転校のベテラン”マナブと出会った。マナブは周囲となじもうとするが、広島は、これまでのどの街とも違っていた―。  


赤ヘル1975 (講談社文庫)

以下、ネタバレ含みます。

3人のオトコノコ

やっぱりこの話の魅力は3人の主人公。

喧嘩っ早い野球少年、ヤス。

カープ博士で文法に弱い、ユキオ。

東京から越してきた讀賣ファンのマナブ。

全くもってカープファンではないワタシですが、生き生きとした少年達のおかげで楽しく読めました。

ヤスくん

ワタシの一番のお気に入りヤス君。お母さんとお姉ちゃんと3人暮らしでお父さんは原爆の後遺症で亡くなっています。気が強くて口が悪い。彼のコテコテの広島男児っぷりが小気味いい。「赤は女の色じゃけぇ」という謎ポリシーの為、この1975年にカープのチームカラーになった赤い帽子に抵抗し続ける姿も、「女をじーっと見とったら目が腐るけぇ」と謎の男女差別も、ザ・思春期のオトコノコ。なんだか放っておけない感じが可愛いです。

ユキオくん

彼は学校で「赤ヘルニュース」を独りで創刊しているオトコノコ。カープ愛が強すぎて毎日試合結果を新聞にして教室に掲出しています。新聞記者を目指しているのに可哀想なくらい日本語の文法が下手で、執筆した記事が読みにくいのが難点。ヤスより少しだけオトナな感じで優しくカラダも大きく学校では穏やかですが、野球場にカープを応援しに行くとヤスよりも賑やかになります。

マナブくん

主に彼の目線で話が進みます。

お父さんの仕事の都合で日本全国を転校して回っているオトコノコ。お父さんはいつも怪しい商品(今回はマジカルサンデーという洗剤でその前はアマゾンパワーという栄養ドリンク)を売りつけるマルチな商売をしているので、正確には各土地に居づらくなって転々と引越しを続けています。「セ・リーグのお荷物」広島をナメて「YG(読売ジャイアンツ)」ロゴ帽をかぶっていたら、いきなりヤスに絡まれてしまいます。マナブの父ちゃんのダメ親父っぷりには息子が気の毒になってしまう程ですが、そんな父ちゃんを捨てられない優しい子です。

カープと広島

戦後、原爆の後遺症と戦う人々が描かれつつ、カープの快進撃に沸く浮き足立った平和。「色々あったけど貧しくてもカープが勝てばそれでええ」という危うくも絶妙なバランスが保たれています。万年最下位のカープが球団史上初の優勝を決めたときは、大人も子供も仕事や学校そっちのけで喜んでいます。

戦争の爪痕

 東京から引越ししてきたマナブは、父の仕事の都合で頻繁に転校を繰り返している少年で、「転校のベテラン」です。どの土地でも打ち解けられるように周りを深く観察する能力を持っていますが、広島では少し違和感を感じたようです。「原爆のこと『よそモン』に言われると腹が立つ」と「理由はよう説明できんけど」クラスメイトは、みんな口には出さないだけでそれぞれ具体的には言い表せない想いがある。少年少女の心の中にも漠然と、戦争の爪痕があることが分かります。

優勝したカープ

1975年。初優勝。古葉監督のもと山本浩二衣笠祥雄外木場義郎大下剛史などが巻き起こした赤ヘル旋風。この年の名シーンも細かく描かれているので当時の広島の熱が伝わります。勝ったり負けたりで一喜一憂する広島の人々の様子は、今現在野球が大好きな私たちと何ら変わりませんね。

ところで2018年広島東洋カープはリーグ3連覇を成し遂げた訳ですが、1975年当時少年だった彼らが今のカープを見ていたら、と思うと少し楽しい気持ちになります。当時、万年ガラガラの市民球場だったのに、今ではいつでも超満員のマツダスタジアム。50代半ばのオジサマになったヤスもユキオもきっと熱狂するのでしょうね。3人が再会してマツダスタジアムでビール飲みながら観戦とかしてたら微笑ましいなぁ。マナブはオレンジタオルとか持っちゃってさ。

物語の最後はマナブが広島を去ってしまします。カープのキャンプを訪れたヤスは、1975年ドラフト1位指名で未来のエース「北別府学」にむかって「マナブ!わしゃあ、ずーっと待っとるけえの!」と叫び続ける描写があります。北別府投手がカープで活躍する姿を待っているのか、転校してしまった巨人ファンのマナブを待っているのか。ずっと素直になれなかったヤスが、友人「マナブ」に向けて真直ぐな気持ちを口にした場面にウルっときました。

おわりに

ここ数年のカープは強すぎて阪神ファンとしてはシラけていたけれど、ちょっとだけカープが好きになりました。ペナントレースが待ち遠しいですね。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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